クラウド化するわたし

http://japan.cnet.com/blog/watanabe/2008/02/20/entry_25005363/
http://japan.cnet.com/column/rwweb/story/0,2000090739,20367045,00.htm


よほどの物好きでない限り、新聞のすべての文字を精読する人はいない。同様に、テレビをおはようからおやすみまで見ている人もいない。つまり、ほとんどの人は自然に情報の取捨選択をしている。これは現在に始まった問題ではない。


なのに分析屋は分類をしたがる。なぜなら、各人は情報と接する態度において、自分が確立したスタンスを保守的に維持しようとする傾向があるからだ。この傾向はラベルに過ぎず、決して序列を表すものではない。以下にこれらのラベルを示す。

・1.0

このラベルに属する人が好むのはYahooトピックスである。
RSSを読むことは少なく、あっても数個である。ブックマークに登録するか否かで巡回先を決める。Yahooしか登録していなければ、専らYahooを読む。
未読を溜めるということはしない。そもそも溜まるほどの物理的情報量はない。情報の摂取は一種の暇つぶしであり、流れ去っていく情報はなかったものとして見えない化される。
ZAKZAKやゲンダイといったオヤジ向け夕刊紙もこのラベルに属する人向けに書かれている。技術自体には関心が薄く、どうやって応用するかを考えている。したがって、いわゆるハウツー本もこのラベルに属する人向けに書かれている。手作りマニュアル型の行動は、手続き型言語空間に生きているとも言える。
自分の半径にあるものを積極的に信じるので、彼らへのレコメンデーションは選択されることを目標に実施される。単一化したコミュニティの内部に入り込まなければ、なかったものとして疎外されるからだ。

2008年02月22日 netfan column, rss デスクトップ上のショートカットを削除して、『アンインストールしたよ』って言う人もいた。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/essa/20080221/p1

なかったものとして見えない化

・2.0

このラベルに属する人の好みは、分散化されているので絞ることはできない。だが、分散化された精神的障壁を作って群れる。これらの小さなコミュニティは、〜〜ムラなどと呼ばれ、ムラに属する住人が発生する。
ムラ社会の一員として認められるために、ムラで生きていくための知識を必要とし、RSSまとめサイトを読むことができる。数にして少なくとも20以上はあるだろう。
フィードの登録のために取捨選択が必要となる。理由は、時間的に読める量が限られているからとか、興味のある情報だけを知りたいとか、ムラのみんなが見ているからとか様々である。
購読有無によるフィルターを潜り抜けた情報でも、すべてが摂取されることはない。したがって未読は溜まっていく。どうしようもなくなると未読を既読にしてここにはないものとして見えない化される。未読を消化するかの判定はタイトルを読むか、全文の斜め読みをするかによって行われ、後者を好む者は全文配信フィードを渇望する。
情報に相対してムラを形成するための”われわれ”を保持し、”われわれ”のインスタンスが自分となることから、オブジェクト指向型言語空間に生きているとも言える。
レコメンデーションはムラとムラとの対立相反であるので、明示的に拒絶される傾向がある。拒絶を避けるためにはネタ化するなどの同化技術が求められる。

・3.0

http://www.ustream.tv/recorded/UUWxMYbrGP,dkegSup2TOQ
http://www.youtube.com/watch?v=s7wEesGmQQ4
速読を例にとれば、要はこういう人である。
フィードは取捨選択をしない。素人目には右から左へ大量に受け流しているように見える。2.0が持つ時間的限界を突破するために、前提知識を豊富かつ幅広く利用できる。新たな知識を食べるには時間がかかるからだ。
未読という概念はない。情報は既存のものと未接触のものの2種類しかない。自らが主体となって見えない化を行うことはない。その代わり未接触のものを見える化しようとする。
情報を摂取するためには素養となるロールモデルが複数必要となる。単一のコミュニティに属するという概念は薄くなる。ロールは自己を強く意識することなしに適切な処理方法を実行する。自己は消費されないので、レコメンデーションも受容される。また、他の人間もそうなることを望む傾向がある。



クラウドコンピューティングの概念では、情報を投げつける先は不明確な形をしたクラウドでよい。逆に考えれば、大量の情報を取得するためには自分がクラウドになればよいのではないだろうか。クラウドとはすなわち、すべてを飲み込むように大きく不定形で、それでいてダイレクトなターンアラウンドタイムを持つ。


Googleの並列マシンは速くてクールで、こんなすばらしい検索結果をもらえるわたしは、きっと特別な存在なのだと感じました。
今では、わたしがクラウド。ブログの読者にあげるのはもちろん1000を超える大量のRSSフィード
なぜなら、読者もまた、特別な存在だからです。

その他参考:http://blog.livedoor.jp/lalha/archives/50189302.html
http://blog.zikokeihatu.com/archives/001246.html